日本人について

医学史ひとこま

傷ついた兵士は、兵士でなく人間である

1859年のイタリア統一戦争のさなか、スイス人実業家アンリ・デュナンは偶然、激戦地のそばを通りかかった。そして4万人もの死傷者が打ち捨てられている光景に愕然とし、町の人々と協力し、放置された負傷者を教会に収容するなど懸命の救援活動を...
日本人風雅考

芸は身を助く

はて、芸は卑賎のものか 古来、儒教国の中国、朝鮮においては、芸事は卑しいものとされ、決して士大夫(高級官僚)が手を出すものではない。士大夫たるものは何もしないのがよい。身を弄することは下賤のものにさせるのをよしとする文化がある...
医学史ひとこま

シーボルトの娘イネと荻原吟子

シーボルトの娘イネ イネはシーボルトと遊女・瀧の間に生まれた私生児で、当時鎖国の日本では見かけない異人の顔をしている。 すでにシーボルトは、長崎出島のオランダ商館医として5年間、日本に滞在していた。 ところが1828年、...
日本人気質

呑気といわれる日本人

 占領されていた日本 我が国は、一度たりとも外国に乗っ取られたことなどないという人もいるが、残念ながら自分が生まれた頃、日本は外国に占領されていた。太平洋戦争の終了からサンフランシスコ講和条約締結までの7年間、米英連合軍が我が国を統治...
日本人気質

マスコミの矜恃

成功体験をしたものは、その経験を忘れることができない。一概に悪いこととは言えないが、他を犠牲にして得た成功体験は、はやく忘れるべきであった。 日清、日露戦を制した我が国の軍部は、国民の狂騒をよそに、今後の身の振りかたに...
日本人風雅考

村田珠光の求めた「不足の美」

  若いころの珠光は諸国を放浪する僧侶で、縁あって連歌師で画家の能阿弥と親交をもった。おかげで連歌の会にも足繫く通い、多くの歌詠みに知己を得た。 連歌は単に歌を詠むだけではない。その場では香も焚かれ、花も生けられ、茶の湯...
医学史ひとこま

細菌学の祖 北里柴三郎

明治25年、内務省衛生局長だった長与専斉が大阪適塾の先輩だった福沢諭吉を訪ねてきた。幕末の動乱期、ともに適塾の塾頭を務めた俊才である。 長与によれば、日本の感染症研究にとって欠くことのできない人材が失われようとしているという。その...
医学史ひとこま

100年前のコロリと現代のコロナ 長与専斉(ながよせんさい)奮闘記

「自助」は自分の命は自分で守る。「共助」は町内会程度の地域コミュニティで協力する。「公助」は国や自治体が主導して災害問題に対処することです。 この三助の精神は、江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山の「三助の実践」に由来...
日本人風雅考

芭蕉と子規

芭蕉の肖像画をみると随分高齢にみえるが、じつは50歳で亡くなっている。 貞享2年(1685年)春、8ヶ月にわたる『野ざらし紀行』の旅から江戸に戻った芭蕉(当時40歳)は、翌年の春を深川の庵で迎えた。 久しぶりの自宅で春の訪れ...
日本人気質

忖度する日本人

オリンピック大会組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言が物議を醸しだし、連日、国民からノーを突き付けられた結果、やっとご本人が辞意を表明し、嵐は終息した。 「日本は天皇を中心としている神の国である」、「大阪は痰ツボ。金儲けだけを考え...
日本人の宗教心

酩酊にもいろいろ

酩酊は必ずしもアルコールによるとはいえない。 われわれは思想にも酔う。それはしばしば信仰という形をとる。 ところで、終日ぬるま湯につかった生活をしていると、頭も冬眠するがごとくなる。物思う必要に迫られないからで、それはそ...
日本人気質

無常観から無常感へ

若いころ、長年修業を積んだという僧から、この世の根源には無常観が存在すると聞かされ、妙に納得した思い出がある。 その昔、釈迦は悟りを開いたとき、仏教を特徴づける四つの真理を明らかにした。 諸行無常、諸法無我、涅...
江戸時代

明神の秀吉、権現の家康

538年、仏教が日本に入ってきたときから、神の子孫とされる天皇家では、自身の神と仏のとり扱いに頭を悩ませてきた。 奈良時代のはじめ、聖武天皇は仏教に帰依し、東大寺に大仏を造って人心を掌握しようと目論んだ。 ところが、神の...
日本人の宗教心

東大寺二月堂に集うひとびと

毎年、 3月 1日になると東大寺二月堂の「お水取り」が、ひとびとに春の到来を告げる。 もともとこの法会は、修二会(旧暦二月に修する法会)と呼ばれ、選ばれた練行衆と呼ばれる 11名の僧によって、旧暦の 2月(新暦では 3月 ...
興味深い日本人

子規の覚悟

「食べないと死んでしまうよ」と言って、死期の迫った人へ無理に食べさせようとする光景を散見するが、内科学の大家ハリソン先生の指摘されるごとく、「ひとは食べないから死ぬのではなく、死が迫ったから食べないのだ」というのが真相だろう。 子...
興味深い日本人

富永仲基の仏教観

法華経も阿弥陀経も釈迦の仏教でなく、後世の人の作だといったのは、大阪の町人・富永仲基(なかもと)である。 彼の棲んだ江戸時代、幕府が容認している仏教に対して、釈迦が始めたものではないと声を出すのは、身の危険を覚悟の上である。し...
日本人の宗教心

富永仲基の仏教観

法華経も阿弥陀経も釈迦の仏教でなく、後世の人の作だといったのは、大阪の町人・富永仲基(なかもと)である。 彼の棲んだ江戸時代、幕府が容認している仏教に対して、釈迦が始めたものではないと声を出すのは、身の危険を覚悟の上である。し...
日本人の宗教心

唯識

かつて南都北嶺といって、その威風は朝廷から一目置かれるほどであった。 南都は奈良、といっても興福寺、北嶺は比叡山延暦寺を意味し、ともに平安時代、寺院でありながら圧倒的な存在感を示した。 なぜ寺が、と言われそうだが、じつは...
興味深い日本人

山本権兵衛、東郷平八郎を後継指名

山本権兵衛の面構えは尋常でない。生来気性が激しく、青年時代から敵を射すくめるような鋭い視線に、相手は思わずたじろぐほどで、幾星霜を経てもその眼光に翳りはない。 信念を曲げず、口にしたことには責任をもち、潔いこと、終生変わらなか...
明治

山本権兵衛、東郷平八郎を後継指名

山本権兵衛の面構えは尋常でない。生来気性が激しく、青年時代から敵を射すくめるような鋭い視線に、相手は思わずたじろぐほどで、幾星霜を経てもその眼光に翳りはない。 信念を曲げず、口にしたことには責任をもち、潔いこと、終生変わらなか...
明治

山陽線 鉄道敷設秘話

「青年時代の失敗体験は、将来の成功の尺度となる。すなわち、失敗をどう思ったか、いかに対処したかで彼の生涯は決まる。」 そう言ったのは、普墺・普仏戦争を制し、「ドイツ陸軍の父」といわれる参謀総長モルトケである。モルトケは当時の先...
江戸時代

松坂屋と竹中工務店の絆

名古屋の「いとう屋」といえば、のちの「松坂屋」としてつとに名高いが、江戸時代には尾張藩御用達商人として藩財政に関わり、明治維新後は公金を取り扱い、伊藤銀行、東海銀行を経て、現在の「三菱UFJ銀行」に至っている。 もと...
日本人気質

心がなごむ「ゆらぎ」

数万匹ものイワシやサバの大群が、ひと固まりになってサメのそばを移動している動画を見ることがある。あたかも巨大魚かと思わせることで、相手をひるませようと指示を出す賢い魚がいるとしか思えない統率ぶりだ。人の世界では誰かが提案し...
昭和

敗戦後の残像

学校に上がるまでの記憶は茫洋として掴みどころがないが、小学1年生になってやっと切れ切れではあるが、思い出すことがある。昭和28年のころで、敗戦後の傷跡をまだ引きずっていた。したがって、あまりいい思い出はない。 当時は...
江戸時代

長州の怨念

若いころ、姫路城を見て、播磨52万石をもってしても、なお不相応な巨大城郭に驚いたものだが、その後、それは家康の命による薩長への防波堤つまり要塞だと教わった。 家康は後世、徳川に弓引くものは、恐らく長州か薩摩あたりと見当をつけ、...
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