日本人風雅考

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芸は身を助く

はて、芸は卑賎のものか 古来、儒教国の中国、朝鮮においては、芸事は卑しいものとされ、決して士大夫(高級官僚)が手を出すものではない。士大夫たるものは何もしないのがよい。身を弄することは下賤のものにさせるのをよしとする文化がある...
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村田珠光の求めた「不足の美」

  若いころの珠光は諸国を放浪する僧侶で、縁あって連歌師で画家の能阿弥と親交をもった。おかげで連歌の会にも足繫く通い、多くの歌詠みに知己を得た。 連歌は単に歌を詠むだけではない。その場では香も焚かれ、花も生けられ、茶の湯...
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芭蕉と子規

芭蕉の肖像画をみると随分高齢にみえるが、じつは50歳で亡くなっている。 貞享2年(1685年)春、8ヶ月にわたる『野ざらし紀行』の旅から江戸に戻った芭蕉(当時40歳)は、翌年の春を深川の庵で迎えた。 久しぶりの自宅で春の訪れ...
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長谷川等伯の「松林図屏風」

戦国時代の京 戦国時代の京は、応仁の乱のあと荒廃がすすみ、人心もすさんでいる。 京にいた文人墨客は地方に逃れ、山口の大内、越前の朝倉、能登の畠山などの有力大名を頼ったため、中央の文化が地方で花開くこととなった。かくして能登の七尾...
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数寄(すき)

歌道の風流 数寄は風流・風雅に心を寄せることをいい、鎌倉時代に入り、歌道の風流を意味するようになった。 それを体現したひとに西行がいる。家族を捨て歌道の道に没入した西行に、世間は憧憬と賞賛を惜しまなかったため、後世、彼に続こうと...
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花鳥風月の花鳥は地上に生ける動植物を、風月は雨、風、雲、月など見上げる大空の移ろいを表わしている。 かつてわれらの祖先は、音も色も乏しい淡泊な世界に生きていた。 身の回りは宮廷の朱色とは無縁のくすんだ住家、夜になれば灯明...
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「もののあわれ」と「やまとごころ」

源氏物語への想い 宝暦13年(1763年)、世に名高い“松坂の一夜”で賀茂真淵との対面を果たした本居宣長は、これを機に『古事記』や『万葉集』の研究に本腰を入れるのであるが、なんといっても『源氏物語』は彼にとって特別の存在であった。 ...
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秋色

9月も中旬というのに日中はなお30度を超えるという。 この暑さに辟易していた仲間と示し合わせて、四国カルストへ出かけることにした。 秋は「山粧う」といい、山へ足を踏み入れただけで野山は一斉に色づき、すでに秋色が深い。 ...
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涼風(すずかぜ)

先週までの執拗な五月雨(さみだれ)と落雷の攻勢に、うんざりしたのも束の間、今朝、目覚めてみると街中は、まごうかたなき盛夏となり、突然訪れた白南風(しろはえ)の明るさに一瞬目がくらむ。 この暑さには一日とて閉口しないものはないが、古...
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“花便り”に耳を澄ませ、“花催い”に胸をときめかせて“花を待つ”日は長かったが、高知の“初桜”を皮切りに一斉に開花となった。 それにしても“初花”と聞いた途端、“花冷え”となり、“花曇り”の日が続く。 時にうっすらと“花...
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もみじ葉は時雨(しぐれ)にせかされ、枝を離れるという。 “時雨”は初冬。 晴れていたかと思うと、いきなりサアーッと通り過ぎていく通り雨。 句を読むには、寒々として気が萎えそうだ。 ただ、時間の要素を入れ、“朝時雨...
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技術について その3

学生時代、試験の前日になって膨大な資料を前にとても覚えきれぬと嘆いた思い出は誰にもあるだろう。 ところが、知的障害をもつ自閉症のひとのなかに、膨大な量の書物を一読しただけですべて暗記してしまい、楽譜は読めないがピアノ曲を一度聴いた...
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技術について その2

世間に言われるごとく、40を過ぎるとノンフィクションにしか目が向かなくなっていたが、昨今、”美しい日本語”という企画で川端康成が取上げられたのを機に作品を読み返してみた。 ”雪国”と”山の音”の2作品である。 その昔「国境の...
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技術について その1

近年、若き臨床医の目線は、間接的手法を飛び越え、直接、病変に迫る診断・治療へ一目散に向かっている感がある。 現実的とも短絡的とも揶揄される。 内視鏡の世界も目まぐるしい。 胃腸はいうに及ばず、肝臓・胆管・すい臓・膀胱・...
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