拒否的抑止力で生き残れるか

年配のかたなら、淵田(ふちだ)と聞けば、「トラ、トラ、トラの淵田さんだね」と答えるほどの海軍軍人である。

「トラ、トラ、トラ」は真珠湾攻撃の直後、淵田が奇襲成功を本部に打電した暗号文である。

真珠湾攻撃に先立って、航空隊指揮官・淵田美津雄は、作戦会議の席上、「倭寇でいきましょう」と発言した。

軍首脳の多くは、日米の軍事力には10倍もの差があり、とても勝ち目はないと思っていたらしい。連合艦隊司令長官の山本五十六も、この奇襲による相手の戦意喪失を、わらにも縋るおもいで念じたという。

なあに、日清、日露戦争を見てみたまえ、世界中から勝てっこないと言われながら、ちゃんと勝ってきたではないか。なにしろ日本は神国なんだ。必ず勝つに決まっているさ。大本営は内心の不安を打ち消すように、最後まで空元気をつづけた。

それにしても「倭寇でいきましょう」とは、その場の雰囲気を実によく表しているではないか。

 

倭寇はかつて朝鮮半島、中国沿岸を襲って略奪を繰り返したが、一度だって居座ることはなかった。彼らはしばらくすると日本に帰ってしまうので、住民は拍子抜けしたという話しもある。

その倭寇のように、「相手に一撃を食らわせたら、さっと引き上げましょう」というのである。

じゃあ、そのあとはというと、これに続く戦略は決まっていなかったという。大本営は真珠湾の成功で、ルーズベルトは失脚すると喝采を叫んだそうだが、事実はそうならなかった。

もともと米大統領・ルーズベルトは第2次大戦にアメリカが巻き込まれるのを恐れていた。国民に極力米兵の命を守ると約束し、外国から攻められない限り、こちらから仕掛けることはないと宣言していた。

皮肉にも、真珠湾攻撃はルーズベルトおよび米国民に開戦の決意を固めさせる結果となった。

大本営では、アメリカから石油が来なければ、戦艦も飛行機も動かなくなるという懸念に対し、蘭領東インドの石油を取りあげればいいではないかという議論がまかり通ったという。

しかしこれは机上の空論で、かりに石油が手に入っても、敵機が飛び交うなか、大量の石油を船で運ぶなど到底無理だというのは、分かっていたはずである。

戦後になって、軍部が十分相手の戦力分析をせず、戦術、戦略も曖昧なまま、太平洋戦争に突入したと聞かされ、国民の多くは開いた口が塞がらなかった。

 

敗戦によるすさんだ世相

しかし、ともかく我が国は一敗地にまみれたのである。

敗戦後の日本は、みじめなものだった。焼夷弾で多くの家を焼かれ、着るもの、食べるものにも事欠いた。クラスメートは皆、継ぎのあたった身なりで、食料不足のため、毎日芋や粥をすすって空腹をしのいだ。

当時のすさんだ世相を思い返してみると、私たちの思考はどこか歪んでいたような気がする。

明治(父)、大正(母)生まれの両親は、勝ち目のないアメリカに負けたというのに、努力が足りなかった、陛下に申し訳がないと嘆いた。当時、そういう声は少なくなかったようだ。一君万民思想の余熱が残っていたように思う。

 

ところで、戦時には地元民から盛大な激励をうけて出征したが、敗戦で帰郷したあとは自宅に潜み、ほとぼりの醒めるのを待ったという話しをしばしば聞いた。

死んで帰ると英霊になるが、生きて帰れば生き恥をさらすといって蔑まれたからである。まして捕虜になったといえば、腰抜けとか非国民といって罵声を浴びせられたという。なんともひどい話である。

小学校の行き帰り、街角で喜捨を求める白装束の負傷兵から目をそらし、汚れたものを避けるように歩いた記憶がある。相手にするなと大人たちから言われていたように思う。明らかに世間は彼らに冷たかった。

私たちは心にゆとりがなくなると、ついつい思慮に欠けがちとなる。しかしそれを斟酌しても、うっぷんを出征した兵士に向けたのは、国民として恥ずべき行為であったと言わざるを得ない。

確かにあの頃の私たちは、あまり上等な国民ではなかったように思う。

ただ、かすかに安堵する話として、戦中戦後の物資が無いなかでも、近所同士、出来る限り我慢しながら助け合ったと亡母から聞いた。互助精神は辛うじて廃れていなかったようだ。

 

拒否的抑止力で生き残れるか

3000年の歴史は我々人類の刻んだ履歴書である。そのなかで全く戦争がなかったのは僅か200年ほどしかないという。それも武力で威圧して得た平穏である。

私たちは気に食わないとか、恥をかかされたと言っては戦争をしかける生き物なのだ。略奪されれば、何としても取り返さずにはおれない生き物なのだ。

戦後民主主義を身にまとったからといって、急に品のいい人間に変わるわけではない。某国が尖閣をとりに来たら、抗議するだけで手を出さないといえるだろうか?某国が竹島を占領したらどうだろう。

怒りに任せて攻撃すれば、必ず多くの血を流すことになる。なんとか智慧をしぼって考えなければなるまい。うかつに手は出さず、勝たなくともよい、負けない戦略を考えていくことが、どうしても求められる。

 

マスコミでは、しばしば「拒否的抑止力」が話題になる。。

我が国を攻撃しても得られるものが少なく、かえって国際的に孤立するため、やっても無駄だと思わせるのを目的とした防衛体制をいう。

具体的には、迎撃能力をもつ弾道ミサイル防衛などが該当するだろう。

基本的にはこの考えを支持したい。しかしこれだけで国土を守れるかといわれると、はなはだ心もとないのが現状だ。

海外のミサイル攻撃能力が増強の一途を辿っていることと、防衛行為のつもりでも、攻撃だと判断されかねない危険があるからだ。

 

そこで、拒否的抑止力を発揮するには、常日頃から、防衛力が攻撃には決して向かわないと、自国の立場を鮮明にしておかねばならない。

そのことを、声を大にして国際世論に訴えつづけることが、我が国を守ることにつながるのではないだろうか。

軍備増強に向かった先には、悲劇しか待っていないように思う。

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