“論より証拠”は本当か?

昭和4年の世界恐慌で日本経済は落ち込み、失業者が街にあふれた。地方では娘の身売りが頻発したという。すさんだ世相だったことが偲ばれる。

このころ、日清日露戦のあと中国に常駐している日本の植民地常備軍(関東軍)に不穏な動きが出てきた。ほどなく中国国内抗争の空白をついて、突如、関東軍が満州を占領し、ついで中国本土へ侵入したのである。あるまじき不当な侵略といわれても、返す言葉がない。

 

関東軍の暴走とは知らず、食い詰めていた我が国民は喝采を送った。その後、世界の糾弾には頬かむりして、多くの日本人が活路を求め満州へ渡った。われわれは日本人開拓団と呼んだが、なんのことはない、体のいい不法侵入者で、いきなり住処を追い出された地元民の無念は想像に難くない。

一方、軍部はそれに反対する犬養首相を暗殺してまで、政府に満州国を承認させた(5.15事件)。

どうもおかしいと、国際連盟はリットン調査団を中国に派遣した結果、明らかに侵略だと断定した。

これに対し、日本政府は抗ったが衆寡敵せず、松岡外相は憤然として席を立ち、国際連盟を脱退した。昭和8年のことである。

はて、このはなし、今のどこかの国に似てはいないだろうか?

 

閑話休題。

仮に今のロシアに身を置いてみるとしよう。

ロシアのマスコミは連日、ウクライナで迫害を受けているロシア人を救うのは、わが国の義務だと咆哮している。当然ながらロシア軍は義軍である。テレビは国営放送だけだから、繰り返し聞かされると、市民のほとんどはそれを由としてはばからない。

ところが西側に身を置いてみると、どうみてもロシアは侵略者で、ウクライナは一方的に被害を被っているということになる。一方、東側に言わせれば、ロシア軍を極悪非道と喧伝するのは、ロシアを陥れようとする西の陰謀だということになる。

西にいるものは、世界中の人々がロシアの侵略を認めていると思いがちだが、現実にはそうともいえない。国連でロシアの行動に反対する国は141カ国にのぼったが、5カ国は容認、35カ国が棄権した。

棄権した事情はいろいろあるだろうが、東には東の言い分があるということになる。

 

証拠より論

「この世は東の言い分を信じるものと、西の言い分を信じるものとに分かれている。論より証拠ではない、証拠より論である。東、西にかかわらず、国家ぐるみで連日報道すれば、たいていの証拠はうやむやになるからだ」という趣旨の発言を、40年も前に故山本夏彦氏がおこなっている。

はなしは国家間に限らない。

かつて離婚訴訟の場を何度か見聞したが、どちらかに明らかな落ち度があったにせよ、裁定は容易でない。夫には夫、妻には妻の積年にわたる恨みつらみがあるからで、真剣に聞いていると頭が混乱する。

一方で、拳をふり上げ、連呼したほうに分があるという場面には、少なからず遭遇する。証拠より論の気配がある。

財務省が公文書を書き換えたり、つじつま合わせに領収書を改ざんしても、今や驚くべき事件とはいえなくなった。古来、いじめで子供が自殺しても、学校側は一貫して、いじめの事実はなかったと言ってやまない。

限りなく黒といわれても、徒党を組んで白と言い張っておれば、いづれは白で決着してしまうのを、私たちは何度か見てきた。

この世は「論より証拠」といって安心しておれない世界なのだ。「証拠より論」を侮ってはならないと、肝に銘じておかねばならないだろう。

 

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